テルマ巡礼 第一回 パドマ・リンバの奇跡

 カルカッタを飛び立った飛行機は、一時間ほどで機首を下げはじめる。左の方角に、カンチェンジュンガの巨峰を問近に見ながら、ヒマラヤの中腹に向かって、ゆっくりと下降していくのだ。

 赤茶けたインド平原が、しだいに緑を濃くしてくる。すると、もう眼下は一面の森林におおわれた山岳地帯となり、飛行機は手慣れたパイロットによって、その森林の一角に開けた谷の中に、ふわっと降り立つ。清潔で小さなパロの空港、モンスーンが一時晴れ上がった八月の空は、井戸の底から見上げた空のように青い。こうして私はようやく、ブータンにたどり着くことができたのだ。

 私とブータンとのつながりは、十数年前にまでさかのぼる。その頃私は、ネパールとインドの国境地帯、ブラーフマナ山地の奥深くにある、チュウミク・チャンジュ寺で、密教の最初の修行をはじめたばかりだった。


 人けのない、山の中のその寺にいるのは、私とブータン人のラマの家族だけだった。ラマ夫婦と男の子と女の子の四人がひっそりと暮らしている寺の納屋に寝泊まりして、私は修行の最初におこなわれる、十万回の五体投地に打ち込んでいた。早朝四時頃に起きだして、まず一千回、朝食をとったあと、お昼までまだ一千回、夕方にも一千回、そして深夜まで一千回おこなって、ようやく眠りにつくことができるのだ。

 そんな単調な日々の中で、私はしだいにこのブータン人のラマの一家と親しくなっていった。中年をすぎたばかりの、本当に人の良いラマ僧とその奥さんは、だんだんと自分たちの身の上話をしてくれるようになった。二人はブータンの東北地方の出身で、一緒になったのだけれど、何かの事情(その事情は、話してくれなかった)で、村を逃げださなければならなくなった。二人はインド、シッキム、ネパールと広大な仏教世界を、巡礼をかねた駆け落ちの旅を統けた末、ようやく十年ほど前に、このチュウミク・チャンジュの地に落ちついたのである。ここは、チベット仏教の祖とも言うべき、グル・マドマサンバヴァの聖地として有名だが、二人がたどり替いた頃には、何の施設もない、密林のような場所だった。そこを開いて、寺の建物を建て、修行の小屋をつくり、ようやくここまでになったのである。山麓の村々からは、「山のラマ」として親しまれている。自分はいままでいそがしくて、あんまり勉強もできなかったので、出家して仏教の勉強をはじめた一人息子が、自分よりもずっと立派なラマ僧になってくれることが、夫婦の何よりの願いなのだ。

 その人の良いラマは私に、よくブータンの話をしてくれた。「ネパールにもたくさんの聖地はあるが、ブータンの聖地もまたすごいものなのだよ。あそこには、テルマ(埋蔵の教え)が取り出されたという、岩や崖や淵がいっぽいある。お前は有名なブータンのテルトン(埋蔵の教えの発掘者)、パドマ・リンパの話は知っているかい?

 まだチベット仏教の本格的な勉強をはじめたばかりだった私には、その名前は初耳だった。「ううん、知らないな。でもみんなよくテルマの話をするけれど、本当なの、そんな話?パドマサンバヴァやそのお妃のイェシェ・ツォギャルが、チベットやブータンのいろいろな岩山なんかに、秘密の教えを隠しておいただなんて話、僕には信じられないな。」

 「お前には、まだわからないさ。真理というのは、そういう風にして、人の世界にあらわれてくるものなのだ。でも、なにはともあれ、パドマ・リンパの話をまずお聞き。パドマ・リンパは、今から万百年以上も昔、東ブータンのブムタンの街から、さらに山奥に人った、チャル渓谷の小さな村に生まれた。家が貧しかったので、小さな頃から村の金属細工師の徒弟に出されたんだ。彼は細工師の仕事がとても気に入っていた。手先がとても器用だったんだ。親方も目を懸けてくれていたし、村の誰もが、将来は立派な細工師になるだろう、と期待していたんだ。ところが……」ところが、彼が成人にさしかかった頃から、彼のまわりに不思議な事件がおこりはじめ、彼の運命は、大きく変わっていったのである。彼はひんぱんに、恍惚状態に陥るようになり、その夢の中に、葵しいダーキニー女神があらわれて、あなたは真理の追求の道にはいらなければなりません、と告げた。その言葉に促されて、彼は山の寺に竈もって、一人で精神習練をはじめることになった。

 五月か六月のそんなある日のこと、この着い細工師は、寺の裏山のキノコ狩りに出かけた。この季節、ブータン中にはいっせいに、さまざまなキノコが現われる。ブータン人はとりわけ、セセシャモという黄色い舞茸を食べるのが大好きで、暇を見つけては、森の中にキノコのハンティングに出かけるのである。

この日も、いつものように彼はキノコを探して、森深くに入り込んでいた。すると突然、彼を強烈な光が包み込み、恍惚とした感情の中、彼は深いトランスの状態に入り込んでしまったのである。その光を受けて、彼は啓示を得た。彼はつぎのような言葉を聞いたのである。

 「あなたは、かつてグル・パドマサンバヴァが将来の人間のために、地中に隠しておいた埋蔵の教え(テルマ)を取り出すことのできる能力を持った者の一人として選ばれ、そのことはすでに預言書の中に書き込まれています。吉日を選んで、メバルツォに行きなさい。そして、その淵に立つナリン崖から、埋蔵の教えを取り出しなさい。」

 この言葉にしたがって、彼は友人を連れて、指定された吉日に、メバルツォという深い淵のほとりに立つことになった。モンスーン期であったので、淵の底には激流が渦を巻いて流れていた。ナリン崖の上に坐って、彼は深い瞑想状態に入った。そして、やおら衣服を脱ぎ捨てて裸になるや、激流逆巻く水の中に飛び込んでいったのである。一分、二分、三分。なかなか浮かび上がってこない。証人がわりに呼ばれた友人たちは、心配しはじめた。噂を聞いて集まっていた見物の衆からは、「やれやれ、これであのほら吹きの細工師も、自分のほらで身を滅ぼしたってわけだ。」と、あざ笑いの声が漏れはじめた。

 そのときである、水中から両手に仏像と小さな巻物をつかんだ彼が、勇いよく浮かび上がってきたのである。こうして、パドマ・リンパのテルトンとしての新しい人生がはじまったのだ……。

 なんともファンタスティックな話ではないか。チペツトやブータンには、テルマの発見をめぐる、いろいろなエピソードが伝えられている。しかし、その中でも、パドマ・リンパの伝記ほど幻想的で、強烈に想像力をかき立てるものはない。彼が「発見」したテルマは、今日まで伝わっていて、全集として出版されているから、それを私たちが読むこともできる。そしてその内容は、なかなか立派なものなのである。

 ところが、本人が語るテルマ発掘の冒険譚があまりに幻想的で、あまりに面目すぎるために、西欧の学者の中には、パドマ・リンパの伝記や、彼が掘り出した教興の信憑性に疑いを提出して、ブータンにおける絶大な人気に水を差そうという人たちもいる(最近では、アウン・サン・スーチーの夫マイケル・アリスの書いた【埋蔵経と秘密の人生』という本が、ブータン国内では大変なスキャンダルになった。マイケル・アリスはこの本の中で、こともあろうにパドマ・リンパのことを、「フェイク(偽物造り)」呼ばわりしたのである)。

 しかし私は、チュウミク・チヤンジュの山中で、信心に篤いブータン・ラマの口から、パドマ・リンパの物語を聞いたときから、この不思議な聖者のことが、ひどく気にかかってしようがなかったのである。私はよく夢の中で、ランタンを手にして激流の中に身を躍らせていくパドマ・リンパの姿(彼は、二度目のテルマ発掘のさいには、大勢の見物衆を前に、火をともしたランタンを手に持ったまま、水中に飛び込み、水からあがってきたとき、そのランタンの火はともったままだった!)を見ることがあった。それに、なによりも、真理を伝達するためには、作り話もいとわない、彼の途方もない人格に惹かれていた。

 イエスは奇跡というものをおこすことによって、この世にはめったにあらわれ出ることはないが、たしかに神の真理はあるのだということを、迷いをいだいている人々に確信させようとしたものである。パドマ・リンバのやったことも、それとよく似ている。

 ブータンの人々に、パドマサンバヴァという仏教の精神の化身が、いっいかなるときにもこの世に序在していて、いつもは地中や空中に隠れて見えなくなってはいるが、一ヒつして適切な人と適切な時を博たときには、堂々と地上に現われて、人々の心を導いてくれるの、だ、ということを、まざまざと確信させるために、パドマ・リンパは彼の奇跡の発掘を、見物衆の眼前で、実行してみせたのだ。

 これが、生きている宗教というものではないだろうか。宗教は理屈だけではとらえられない実在に、心を向けようとする。それは、知識や情報だけではいかんともしがたいものを扱おうとする。たんなる技術(そこには、瞑想の技術も合まれる)によっても、それに触れることはできなし、哲学の思考も、その実在そのものには踏み込むことができないものだ。

 そういうものは全部、この世の思考の内側で働きをしていて、けっしてその外に出ることはできない。しかし、宗教はその外に向かって、踏みだしをおこなう行為なのだ。キリスト教はそのことを「愛の奇跡」と呼んだ。仏教は、その外なるところからこの世の内側に放射されてくるものの実在感を「慈悲」と呼んだ。チベットで発達した仏教では、その「慈悲」を実感させるために、埋蔵の教えをめぐる、さまざまな又化が生まれた。

 いつかは、パドマ・リンパが生まれた、チャルの村を訪れてみよう。彼が水中から埋蔵の教えを取り出したという、メバルツォの淵を覗き込んでみよう。岩の中に手をつっこんで、彼がたくさんの教えを取りだしたという、クンサンタクの崖に行って、自分も石の中に手をつっこんでみてやろう。こうして、いつしかパドマ・リンパは、私の密かな熱狂の対象となり、ブータンの埋蔵経発掘地への巡礼が、私の夢となっていったのである。

Posted by staff at October 19, 2004 02:34 PM