「宇宙物理学とゾクチェン」 ─ ピート・ハット氏へのインタヴュー ─

プリンストン高等研究所の宇宙物理学博士であるピート・ハット氏は、Kira Institute を主宰し、現代科学に対して現象学的、認知論的アプローチを試みている。禅やゾクチェンについての理解も深く、タルタン・トゥルク師の教え "Time Space and Knowledge" にもとづく実践と指導も行っている。

中沢 ピートさんは、プリンストン高等研究所の宇宙物理学の教授でいらっしゃるわけですが、専門の研究の内容について少し教えてください。

ピート 私の現在のポジションは「自然科学部」に属しているので、宇宙物理学に限らず、もっと広い領域の物理学や自然科学に関する研究を行っています。高校を卒業するころから「世界観」というものに興味があったのですが、大学には「世界観学部」なんて、ありませんものね。それで、宇宙物理学と哲学と言語のどれかを選ぶことにしたのですが、趣味で研究するのがいちばん難しそう、という理由から、宇宙物理学を勉強しました。今の研究所では、自分自身の興味に応じて、それらを統合した「世界観」の研究をすることができ、これは非常に幸運だと思っています。

中沢 プリンストン高等研究所で同じような研究をしている人は他にもいますか?

ピート フリーマン・ダイソンがそうでしたが、退職してしまいました。彼は非常に哲学的にものを考える人ですが、不思議なことに、「哲学的」とか「哲学」という言葉が大嫌いで、決して使いませんでした(笑)。彼の世代の科学者にとって、「哲学」が、第二次世界大戦におけるドイツと強く結びついているせいかもしれません。彼は抽象的思考ではなく具体的な事例を積み重ねるやり方で研究をしましたが、しかし彼の著作には、哲学的な思索がたくさん詰まっていると思います。

中沢 ピートさんは、若いころ、どんな哲学に興味をもっていたのですか?

ピート 科学を通して哲学を感じとっていました。科学は、「時間」と「空間」を対象にしています。それを突き詰めて考えていくうちに、「心」と「物質」の問題にも考えが広がっていきました。もちろん、従来のタイプの物理学者たちには、「とんでもない!」といわれましたが。

中沢 ピートさんの世代の科学者がそういう興味を抱く場合には、ニューサイエンスの方へ向かっていくというのが通り相場でしたが、なぜそうならなかったのでしょう? そういう誘惑に「耐えて」物理学の研究を続けられた、その原動力は何だったのでしょう?

ピート ニューサイエンスは非常にあいまいですから。本物の科学は、理論を進めるのに厳密な検証と実験を積み重ねなければならないために、進歩がとても遅いのです。何世代もかけて進むわけです。ところが、ニューサイエンスはあまり厳密に検証しません。ニューサイエンスの考え方はとても大胆で直感的で大きな視野を持っていて面白いのですが、科学とはいえないと思うのです。

中沢 ピートさんは今、仏教、とりわけゾクチェンの思想に深い関心をお持ちです。ゾクチェンと出会うきっかけはなんだったのですか。

ピート 1980年頃でしょうか、アムステルダムの書店で偶然タルタン・トゥルクの本『Time, Space, and Knowledge』を見つけたのが最初です。当時は大学院生でした。後になってタルタン・トゥルクがその本の内容はゾクチェンとはちょっと違うんだ、と教えてくれましたが、まあ、これがチベット仏教との最初の出会いです。

中沢 チベット仏教の本をそれまでにもたくさん読んでいたのですか?

ピート そのころは、禅仏教の方に興味がありました。でもこの本を読んで、科学をつきつめていくと次のステップとして見えてくるものが、チベット仏教だと感じられたのです。『Time, Space, and Knowledge』を読むと、科学に近い知が仏教にもあることがよくわかります。本物のゾクチェンに触れたのは、10年前、東京でのソギャル・リンポチェの講演です。そしてそのとき中沢さんとも知り合ったのです。

中沢 そうでした。

ピート 当時私は東京大学で研究をするために1年滞在していたのです。そして「外人のための座禅案内」という記事で「チベット文化センター」の存在を知りました。案内を読むと「来週日本で初めてのゾクチェンのワークショップがある」というので出かけてみたのです。それが最初でした。

中沢 それまでチベット人のラマに会ったことは?

ピート タルタン・トゥルクのいるカリフォルニア州バークレーのニンマ・センターに行ったことはあるのですが、そこでは、彼の弟子たちが教えていました。ですから本物のチベット人から教えを聞いたのはソギャル・リンポチェの東京講演が最初です。

中沢 僕も学生のときには自然科学の勉強をしていたので、初めてタルタン・トゥルクの『Time, Space and Knowledge』を読んだときに、ピートさんと同じような驚きを感じました。「仏教にもこんな風な科学的な知があるのか」と、びっくりしました。当時タルタン・トゥルクが出していた雑誌に仏教学者のハーバート・ギュンターの研究のことも紹介されていました。同じヴァラーナーシー・サンスクリット大学の同僚だったこともあって、たがいに協力しあっていましたからね。ギュンター先生の関心は、現代物理学、特に量子物理学の背景にある世界観とゾクチェンの世界観の共通性にありました。彼は「伏蔵された秩序」や「ホロン」や「散逸構造」の考え方を用いて、ゾクチェンの思想を照らし出すという仕事をしていて、それは後に『Matrix of Mystery』という本に結晶していきました。一方でタルタン・トゥルクは、西洋で科学的思考やヨーロッパ哲学の思考法に接触して、自分の持っていた体験や思想を、新しい方向にスパークさせる表現をつくりだそうとしていた。『Time, Space, and Knowledge』を読むとそのことがよくわかりました。おそらくピートさんも同じように感心されたのでしょうね。

ピート その通りです。科学とチベット仏教は、全く異なる知の体系なのに、なぜか似ているところがある。そんなことから、哲学的な関心も増していきました。特に西洋人に対して、じゃあ科学の側からチベット仏教へのステッピングストーンとなるものが西洋の思考の中にはないのだろうか、と思い始めたのです。そしてフッサールに行き当たりました。現象学のフッサールです。それは6年くらい前、アメリカに戻ってからのことです。

中沢 僕は、そのステッピングストーンというのを、もっと昔の西欧哲学の中に見ようとしています。ライプニッツやスピノザが好きで、とても興味をもって勉強してきました。彼らは近代の自然科学の誕生の現場に立ち会った哲学者です。同時に彼らは形而上学、つまり超越性を自分の中に取り込んだ哲学を編み出しました。彼らは、自然科学の考え方の基本的な部分をたちあげた人たちでもす。だから、彼らは西欧の学の歴史のなかで、自然科学と形而上学を結びつけている最初で最後の哲学者です。彼らを通して、ギリシャ哲学やキリスト教思想やカバラー思想などのような、様々な要素を取り込んで発展してきた形而上学の豊かな流れと、その後著しく発展していく自然科学の接点をよく見つめてみると、ゾクチェンと科学のつながり、西洋の思考法との本当のつながりが、見えてくるように思えるのです。

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Posted by staff at October 19, 2004 03:58 PM