ゾクチェン思想の展開3 セムデの形成 (1)

テキストについて

 『ドラセルシュン(rDo la gser zhun)』は、本当の名を『チャンチュプ・セムゴムパ』(Byang chub sems bsgom pa:純粋かつ完全な存在の根源状態の再発見)といい、『台北版西蔵大蔵経』(第54巻 4481番 ff.560-571)や、『北京版西蔵大蔵経』(第75巻 3418番 第 61函 ff.1a1-5b7)、ディンゴケンツェ・リンポチェの『古タントラ全集(rNying ma rgyud 'bum)』(第1巻 14番:36巻本、1973年、Thimpu)などに収められている。

 著者は、『北京版西蔵大蔵経』にはマンジュシュリーミトラと記されている。ナムカイノルブ・リンポチェによれば、マンジュシュリーミトラはスリランカ出身のようである。ヴァイローチャナが著した『ダバクチェンモ('Dra bag chen mo)』は、マンジュシュリーミトラはインドで仏教を学んで、傑出した学僧となって、ナーランダー僧院に住んでいたが、その後、ガラップドルジェについてゾクチェンの教えを学び、多くの論書にまとめた、としている。けれども、パウォ・ツクラクの『賢者の宴(mKhas pa'i dga' ston)』は二人のマンジュシュリーミトラがいたとして、『ドラセルシュン』を最初のマンジュシュリーミトラに帰している(二人目のマンジュシュリーミトラは125年遅れて現れ、パドマサンバヴァの師であった、という)。ジクメ・リンパの『古タントラ全集目録』もマンジュシュリーミトラ二人説を示唆している。

 『ドラセルシュン』の註釈はたくさん残されている。著者不明の『チャンチュプ・セムゴムパ・トンチュニーテンパ』(Byang chub sems bsgom pa don bcu gnyis bstan pa)が『北京版西蔵大蔵経』(第75巻 3405番 第 60函 ff.55a4-72a7)など、さまざまな版の大蔵経のテンギュルに収められている。『ヴァイローチャナ・タントラ全集(Vairocana rGyud 'bum)』(第5巻 ff.1-59)には、ヴァイローチャナ自身のものと思われる『テクパ・チョーペーコルロ(Theg pa gcod pa'i 'khor lo)』という重要な註釈が残っている。これは、マンジュシュリーミトラの詩頌を、声聞からゾクチェンに至るまでの哲学体系として批判分析した、宗義書(Grub mtha')の体裁をとっている。さらには、十九世紀のニンマ派の学者ジャムゴンジュ・ミファムギャンツォ('Jam mgon 'Ju Mi pham rgya mtsho)による註釈『チャンチュプ・セムゴムパ・ドラセルシュン・キ・チャンテル・テコナニーセルウェー・ドンメ(Byang chub sems bsgom pa rdo la gser zhun gyi mchan 'grel de kho na nyid gsal ba'i sgron me)』がある。

 註釈ではないけれど、『ヴァイローチャナ・タントラ全集』(第1巻 ff.49-64)にはマンジュシュリーミトラ自身が著したといわれる『チャンチュプ・セムゴムペーサムテン・ナマーギュ(Byang chub sems bsgom pa'i bsam gtan rna mar rgyud (kyi man ngag)』がある。これは『ドラセルシュン』に基づく瞑想修習について述べている。また、『台北版西蔵大蔵経』(第54巻 4496番 pp.636-661)や『古タントラ全集』(第3巻 45番 pp.88-108)には「チャンチュプ・セムゴムペーギュ」(Byang chub sems bsgom pa'i rgyud)が収められている。このタントラには『ドラセルシュン』の文章が随所に見られるので、整理編纂してタントラの体裁に仕上がる際に下敷きに用いられたと思われる。

タイトルと思想について

 シュリーシンハからゾクチェンの教えを学んでチベットに戻ったヴァイローチャナが最初にチベット語に翻訳した五書を「はじまりの五翻訳書(snga 'gyur lnga)」といい、それはヴァイローチャナの伝記である『ダバクチェンモ』にリストされている。ところが、ロンチェンパ(Klong chen pa、1308-64)がそのうちの一書を差し替え、ソクドクパ(Sog zlog pa blo gros rgyal mtshan、1552-1624)がそれに反論をくわえ、ダライラマ5世(Ngag dbang blo bzang rgya mtsho、1617-82)がまた別の一書を主張した。

 ロンチェンパが、『ダバクチェンモ』の「はじまりの五翻訳書」の一書と差し替え、新たに「はじまりの五翻訳書」に加えたのが、この『ドラセルシュン』である。マンジュシュリーミトラに帰されるこの『ドラセルシュン』を、ロンチェンパが「はじまりの五翻訳書」と考えた理由はいまだ明らかになっていないが、ロンチェンパがゾクチェン・セムデの思想においてこの論書が重要であると判断したことは間違いない。

 「ドラセルシュン」(rDo la gser zhun)というタイトルの意味は意味深長である。直訳すると「石を(に)金(液)」ということになるが、動詞がない上に、テクストによっては「la」が「las」になっているものもあって、ますます錯綜する。たとえば、『涅槃経』(北本、巻十「如来性品第四之七」、大正蔵十二、四二三a)が「初めは金と鉱石は一体だが、精錬すると金と鉱石は分別され、金の価値は計り知れないが、残りの鉱石に価値はない」と説くように、金は菩提で(鉱)石は煩悩の象徴である可能性もある。ナムカイノルブ・リンポチェが「鉱石から精錬された金」と読むのは、この意味においてであろう。また、註釈『チャンチュプ・セムゴムパ・トンチュニーテンパ』が、ゾクチェンの教えとは異なる見解を「正しい教えである」と誤って理解する者を「石を金である」と言う者に似ている、と解説しているように、石は愚かな教えを、金は愚者の思いこみを表しているのかも知れない。ここで、『ドラセルシュン』に示されたゾクチェン・セムデの思想を考えてみると、『ドラセルシュン』は、はじめ、対象や諸知覚を分析して、思考によって理解されたものはすべて虚妄であることを示し、すべては自分の経験可能性(=心)に帰することを説く。けれども、その経験可能性の真実は、思考を超絶した、存在の全領域を縦断し横断する創造的・解放的な知性であり、結局のところ、この現実も真実に他ならぬことを明らかにするのである。これを見れば、石を現実に金を真実にあてはめた上で、両者をイコールで結ぶのであろうか。根源的状態から眺めわたそうとするゾクチェン・セムデの思想であれば、石も金も限界概念である限りは、その差異は問題ではなく、むしろ、石だの金だの言うこと自体が愚かなようにも思われる。このニックネームは、ゾクチェン・セムデの思想と相俟って、重層的な意味をそなえているのである。


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参考文献
Primordial Experience -An Introduction to rDzogs-chen Meditation-translated by Namkhai Norbu and Kennard Lipman, Shambhala Publications, Boston, 1987.

Posted by staff at October 31, 2004 06:57 AM